その頃、バチカンでは・・・

「えっと、皆なんでついて来るの?」

ナルバレックに呼ばれた志貴の後を『七夫人』を始めとした一堂がぞろぞろとついて来ていた。

「当然じゃない。志貴とあいつを二人っきりにさせて置く訳ないでしょ」

「そうです。彼女と志貴との因縁は深すぎます。隙あれば志貴の首を狙いかねません」

アルクェイドとシオンの言葉に全員が大きく頷く。

「いや、『六王権』の件もあるしそこまでしてこないと思うんだが・・・」

「ない言っているのよ志貴君、あの陰険局長だったら五秒前に言った事すら簡単に撤回して百八十度正反対の事言ったって不思議じゃないわよ」

アルトルージュの言葉にエレイシアは何も言わない。

おそらく似たような経験があるのだろう。

「ははは・・・」

苦笑しながら志貴の内心の動揺ぶりは想像を超えていた。

(やばいな・・・もしこれで呼んだ内容があの件についてだとしたら・・・最悪殺されるか?・・・いや、それ以上に・・・『死神』の事がばれでもしたら・・・)

幸いシオンは志貴の事を完全に信頼しているので、エーテライトを繋げていないから志貴の動揺は周囲にばれていないが、志貴としては気が気ではなかった。

そうこうして行く内に、志貴達はナルバレックの自室に辿り着いた。

先導していたダウンがノックする。

「局長、すみません、『真なる死神』をお呼びしました」

そう言ってドアを開けるダウン。

それを出迎えたのはナルバレックの冷笑でも冷徹な視線でもなく・・・

「ふぎゃああああああ!」

元気な赤ん坊の泣き声だった。

九『対面』

「ああ・・・ご苦労だったなダウン。とりあえず下がれ・・・真祖の姫君達もだ『真なる死神』と二人だけで話がしたい」

赤ん坊をあやしながら口調こそいつもの如く冷徹なものだったがその表情は穏やかで、胸の中でぐずる赤ん坊を見るその眼差しは限りなく優しい。

『・・・・・・』

その光景に全員が声もなく立ち尽くす。

「・・・えっと・・・あんた本当にナルバレック?」

思わず青子がそう呟く。

「何だ?私が何に見えるというのだミス・ブルー」

その質問に底意地の悪そうな笑みを浮かべる。

「・・・前言撤回するわ。あんた確かにナルバレックよ」

その表情を見てようやく目の前の人物が埋葬機関局長なのだと受け入れる。

「それはそうとあんたと志貴を二人っきりに出来る筈無いじゃない」

「そうよ志貴君に手を出す気なんでしょう。どうせ」

敵意に近い視線をナルバレックにぶつけるアルクェイドとアルトルージュ。

その視線を不快そうに顔を顰めるナルバレックだったが、それは真意を見抜かれたからではなく

「ああ、そんなに殺気を丸出しにして睨むな。この子がまたぐずりだす。ようやく落ち着いた所なんだ」

また泣き出しそうになっているわが子の事を案じての事だった。

「「・・・」」

ぽかんと口を開けてあまりの変貌振りを見つめる真祖と死徒の姫君。

「・・・皆大丈夫だ。この人が少なくても自分の子供がいる前で手荒な事はしないだろうし、もし来たとしても俺には四聖もいる。だから」

志貴の説得に応じたのか、それともあまりの変貌に毒気を抜かれたのか素直に部屋から出て行く一堂。

「・・・で、話と言うのは?」

全員が出て行ったと確認した上で志貴は小さめの声で用件を尋ねる。

「・・・ふふっ、その前に抱いてみたらどうだ。お父さん」

いつもの冷笑を浮かべて決定的な一言を口にしながら赤ん坊を差し出す。

「・・・やはりか・・・何時俺だと確信した?」

「何時も何も、最初からだ」

「何?」

予想とは違う発言に志貴は絶句する。

「私の肉体を好き放題にしてくれた時からだと言ったんだが」

「何故?あの時俺は記憶を曖昧にする薬を・・・」

「あの程度の薬で私の記憶をどうにか出来ると思ったのか?私を狂わせた媚薬の方がよほど効いたぞ」

「・・・」

ナルバレックの言葉に志貴は表情を歪める。

薬による副作用を警戒して少し弱めの薬を使用したのが仇となったようだ。

「そんな事よりも抱いてみろ。貴様と私との息子だぞ」

「・・・ああ」

すっとナルバレックから赤ん坊を受け取る。

「・・・軽いな・・・」

とても今腕の中にいるのが一つの命とは思えないほど。

「ふふっ」

不意にナルバレックが笑みを零す。

「??なんだ?何がおかしい?」

「いや失礼、私もこの子を最初に抱いた時同じ感想を抱いたのでね・・・それに、その子も誰が父親なのか本能で察しているのだと思うとついな」

「??どう言う事だ?」

「その子は私以外に抱かれるのをひどく嫌がるんだよ。私以外でぐずり出さなかったのは貴様だけだ」

その言葉に志貴はなんとも説明しがたい表情を浮かべてから当たり障りの無い事を口にしていた。

「そうか・・・しかし貴女も普通にしていれば絶世の美女だというのに・・・」

「おや、七人も囲っているというのにまだ足りないのか?」

「冗談はよしてくれ。俺は世間一般の感想を口にしただけだ。で話は何だ?この子を見せる為だけじゃないだろ?」

「・・・鋭いな・・・おそらく『六王権』軍は再度イタリアに猛攻を仕掛けてくるだろう。その時、いくら貴様らの助力を受けた所で完全に防ぎきれる可能性は皆無に等しい」

「そうだろうな。現状の『六王権』軍の兵力では」

「私自身死ぬつもりはないし、生き延びる為の術もある。だが、その子にはその様な意思も術も無い。もし貴様らがイタリアを脱出する時にはこの子を連れて行ってほしい」

「・・・」

「・・・」

暫し互いの眼を凝視する。

「・・・二つ聞きたい。まず一つ、貴女、ここで死ぬ気じゃないでしょうね?」

「それこそまさかだ。私にはまだやらねばならぬ事もある。それを果たせずして死ねると思うか?」

「なるほど、で、二つ目、これは命令ですか?」

「いや、頼みだ」

「・・・ふう・・・」

大きく溜息を吐く。

「生まれたばかりの赤子に罪はない・・・わかりました。脱出する時はこの子も連れて行きましょう」

「感謝する」

「ですが」

志貴の眼に鋭さが戻る。

「この子にとって心の底から安らげるのはただ一ヶ所、母親である貴女の傍だけだ。それだけは忘れないで貰いたい」

そう言ってから志貴は赤ん坊をナルバレックに返し、部屋を後にした。

後にこの赤子・・・カール・ナナヤ・ナルバレックは、七夜の里で実父と養母達の下で修練に励んだ後、実母の家督を継ぎ、終戦後の新生埋葬機関局長に就任、『蒼黒戦争』の激闘で崩壊同然だった機関を見事に立て直し埋葬機関中興の祖と称えられる事になるが・・・それは別の話である。








「志貴!」

ナルバレックの自室から少し離れた所にアルクェイド達は待機しており、志貴が無事に出てきた途端弾かれた様に志貴の元に駆け寄る。

「大丈夫だった志貴?」

「あああの人も俺をどうこうしようと言う訳じゃなかった。ただ頼みをしてきただけだしな」

「頼み?志貴ちゃんに?」

「ああ・・・最悪の事態になった時、あの赤ん坊を連れて脱出してくれって」

「それって死ぬ気だって事?」

「それは否定していました先生・・・ただ最悪の事態の時にはその覚悟も出来ているみたいでしたが」

「そう・・・それはそうといまイギリスから連絡があったわ」

「イギリスから?」

「ええ、向こうの『六王権』軍も撃退されたらしいわ。士郎の方も無事みたい」

「そうですか。後で確認の連絡を取らないと・・・」

一先ずの朗報に志貴の表情がようやく緩んだ。

だが、数時間後、更に最悪の事態が彼らの耳に届く事になる。









一方・・・ロンドンでは、

「・・・と言う訳、ディルムッドとは修行の初期の時に出会ってイスカンダル陛下とは卒業試験の時に臣下となった・・・と言うより強引に勧誘されたと言っても良いか・・・」

時計塔に向かいながら凛やルヴィアにディルムッドとイスカンダルを召還出来た経緯更にはゼルレッチが施した修行の数々を説明していた。

あの壮絶極まる修行の数々を思い出したのか士郎の表情には著しい疲労と哀愁が漂っていた。

「士郎、あんたも苦労してたのね、まあ大師父の修行だからそうそう楽なものじゃないとは思っていたけど・・・」

「シェロ、同情致しますわ。と言うよりよく廃人にならずにすみましたわね」

その壮絶な内容に凛もルヴィアも士郎に同情の視線を向けざるを得なかった。

無論彼女達も魔術師として、また名門魔術師の跡取りとして過酷な修行を受けてきた身だ。

魔術の初歩的なミスですら致命的な事態となる事も十分に熟知している。

だが、それでも士郎が受けてきた修行の数々は二人の想像を凌駕していた。

まあ誰も想像出来ないだろう。

基礎トレーニングの為に悪名名高い『悠久迷宮』を使うだの、魔術回路開閉維持の為に時限爆弾めいた魔術を行使する。

挙句の果てには実戦経験を積ませる為に平行世界に飛ばすなど。

そしてゼルレッチの弟子になったものの大半が、廃人となるという噂は虚構でも誇張でもない、正真正銘の事実なのだと言う事を改めて認識した。

「まあ、師匠もコーバック師も短期間で俺をモノにする為に無茶したらしいが・・・」

まるで他人事の様にそう言う士郎に違和感を覚えるかも知れないが、あくまでも無茶を強要してきたのはゼルレッチやコーバックであって士郎ではない。

そこへセタンタが口を挟む。

「おい士郎、良いのか?」

「良いって何が?」

「後ろのあの二人だよ」

見ればアルトリアとディルムッドが極めて重苦しい空気のまま無言で歩いている。

「ああ・・・俺達は手を出さなくて良い。あれはあの二人の問題だ。俺達が口を挟めばややこしい事になるだろうから」

事情を知っている士郎としてはそう言う他ない。

「エミヤに同意見であるな。あの表情から察するによほど重要な事案だ。それに当事者でない者が興味本位で首を突っ込めばそれは無礼のみならず非礼でしかない」

事情は知らぬが、二人の表情から立ち入るべきでないと察したイスカンダルが士郎の言葉に賛同する。

「まあそれなら良いがよ・・・」

その言葉にセタンタも頷く。

とそこへ

「姉さん!」

「リン無事だったのね」

「ああご無事で何よりです」

メドゥーサに連れられて桜とイリヤ、カレンが駆け寄ってきた。

「桜!イリヤ、それにカレンまで・・・あんた達も来ていたの!」

「はい、先輩に無理を言ってお願いしてもらったんです」

「まあ戦闘じゃ役に立たないからロンドン北の郊外で待機していたけど」

「残念ですがそれが事実ですから」

この時、凛達は桜達との会話に意識を向けていた為に、アルトリアとディルムッドはかつての事に気まずい空気に呑まれて、それに気付いたのはイスカンダルだけだった。

さりげなく士郎が両方の手首をマッサージするように交互にさすったり軽く揉んでいる事を。

「エミヤ」

「??はっどうかされましたか?」

「手首をやたらと気にしているようだが何かあったのか?」

「!!・・・い、いえ、別に・・・」

「ふむ・・・あまり言いたくない事のようだな」

「・・・御意」

誤魔化そうとした士郎だったがイスカンダルには通用しなかった。

「仕方あるまい。お前が言いたくない事だ。余程の事なのだろう」

「・・・申し訳ございません」

表情だけで安易に踏み込むべき事ではないと察したイスカンダルは珍しくこれ以上の追求を止めた。

と、そこに更に人影が現れた。

「トオサカ!エーデルフェルト!と・・・」

英霊が新たに現れたとの報告を聞き駆けつけたロード・エルメロイU世が、珍しく焦った表情だったが、こちらを見るや、その表情を更に驚愕で歪めてこちらに向かって一目散に駆け寄ってくる。

「??ロード・エルメロイ?」

「どうしたのでしょうか?あんなに焦って?」

凛とルヴィアが首を傾げる中、一人駆け寄ってくる彼を見て懐かしそうに笑う男がいた。

「久しいなウェイバー」

誰もが言う虚しい異名ではなく紛れもない本名で呼ばれ、ロード・エルメロイU世・・・いや、ウェイバー・ベルベッドは傅いた。

「王よ!・・・」

万感を込めたその一言を発するがそこから先は言葉にもならなかった。

全身を震わせ、声にならぬ嗚咽を零す。

それを見て士郎は直ぐに察した。

「陛下、この人も召し抱えた臣下ですか?」

「左様、ウェイバー・ベルベット、余の最も新しい臣下である。ウェイバー、面を上げよ」

「はっ・・・」

顔を上げたウェイバーの顔は涙で濡れていた。

「ウェイバー、この者はシロウ・エミヤ、余が信を置く近侍だ。つまりお前の先達になる」

「?『錬剣師』が王の?」

「??ウェイバー、なんだその『錬剣師』とは」

「陛下、俺の一応の通り名です」

「ふむ、なるほど、なかなかの名であるなエミヤ」

士郎の異名に気を良くしたイスカンダルが豪快に笑う。

その時、後ろから新たなる声が掛けられた。

「失礼します。『錬剣師』ミスタ・エミヤ」

振り返るとそこにはうら若い女性が立っていた。

容姿も端麗であるが、どこか無個性を思わせた。

「貴女は『クロンの大隊』の・・・」

ルヴィアの言葉を遮るように女性は感情の抑制もなく静かに来訪の目的を告げる。

「『錬剣師』ミスタ・エミヤ、我が主バルトメロイ・ローレライが貴殿に会いたいとの事です。折り入って重要な話があるとの事、招待をお受け頂きたい」

極めて丁重な物腰で一礼する。

「バルトメロイが俺に?」

思わぬ言葉に首を傾げる。

士郎の脳裏にはかつてバルトメロイと半ば遭遇戦の形で村正を使用してしまった時の事が思い出される。

風の噂では村正は見事にバルトメロイの服を破壊したと聞いた。

「今すぐでないと駄目ですか?」

「はい、火急の用との事です」

「・・・」

暫し無言の後深く溜息をつくと

「判りました。ではこれから向かいましょう」

了承の返事をした。

だが、直ぐに反対の声が上がる。

「ちょっと待って」

それは他ならぬ凛だった。

「どうかされましたか?ミス・トオサカ」

「どうかしたかも何もないわよ。士郎、いっちゃ駄目よ」

「え?どうしたんだ?」

思わぬ強硬な反対論に眼を丸くする。

「ちょっとこっちに来なさい」

そう言って一旦距離を取る。

「士郎、バルトメロイに会うなんて危険よ」

「??どう言う事だ?」

本気で訝しがる士郎に凛は説明する。

バルトメロイが持つエミヤへの異常ともいえる憎悪を。

「衛宮を・・・根絶やしに?」

「ええ、とても冗談には思えない程の憎悪と殺気だった。はっきり言って今の彼女に会いに行くなんて自殺行為よ」

確かに、全力で戦っても勝てるかどうか・・・いや、敗北する可能性の方がむしろ高い。

「・・・しかし何でそこまで」

「わからないわよ。私にも理由は言わなかったし第一聞ける状況じゃなかったし」

「・・・最有力は・・・親父か?」

「アルトリアも同じ事言っていたわ」

「流石に親父の事を良く判っているな・・・話を戻すか・・・凛、お前の気持ちもわかるが、その宣言から察するに向こうは多分何度でも俺を呼ぶだろうな。だったら全員で行くという形にするか」

士郎の提案に凛は若干不服そうな表情を見せたが、気を取り直し頷く。

「確かにバルトメロイの誘いを断ると後でややこしい事になるわね・・・それで行きましょう」

話をまとめるとその旨を相手に伝える。

それを聞くと向こうもどこかに連絡を取っていたが、

「判りました、バルトメロイより許可を得ました。では皆様方をご案内いたします」









その頃イギリスロンドン近郊に陣を構える『六王権』軍は・・・

どうにか激減した残存戦力を再編し、ウェールズに向かわせた部隊にも至急反転、本隊と合流せよと命令を下しようやく一息ついたが、戦力の低下は避けられない。

まもなく到着するウェールズから呼び戻した部隊を加えてもようやく十万に届くという所。

無論死者であるので人間を死者に変えていけば良いが、それでも二十万以上の死者、下級死徒を失った事は大損害である事には変わりは無い。

その司令官であるルヴァレはと言えば一定の指令を出した後本陣の奥でガタガタ震えていた。

「・・・違う・・・私の責任ではない・・・あのような強大な援軍を察知できなかった『光師』閣下の責任だ・・・私には何の責もない」

現実から逃避し、しきりに自分を司令官に任じた『光師』に責任を転嫁していた。

作戦失敗と同時に全ての責任を負うと『六王権』に宣言したその『光師』と比べてそれはあまりにも醜く、見苦しいものだった。

しかしルヴァレにも彼なりの言い分がある。

彼が『光師』から与えられた作戦は確かにあのような強大な援軍等無いと判断されて立てられたもの。

援軍が現れた時点で作戦は完全に破綻した。

そしてそれは自分らが独自に判断して作戦を遂行せねばならない。

だが、今回も今までも、強大な力を持つ者の言う事をただ聞いていただけの存在であるルヴァレにその様な事が出来る筈も無かった。

そして、緊急の事態については何も話す事のなかった彼らにこそ全責任はある。

自分達は何も悪くない。

そう自分に言い聞かせしきりに一時の安寧に身を委ね様としたルヴァレの耳に軽蔑に満ちた声が響いた。

「・・・見苦しい」

身体を大きく震わせて振り向くと、自身の影から『影』が静かに姿を現した所だった。

「あああああ・・・え、ええええ『影』閣下・・・わ、わわわわわわ・・わた」

「・・・湖の死徒ルヴァレ」

舌をもつれさせて何か言おうとしているルヴァレに冷たい視線を浴びせたまま『影』は『六王権』より手渡されたあの書簡を懐より取り出す。

「!!」

それを見た瞬間絶望に身を凍てつかせる。

そこには自分の処刑宣告が書かれているのだろうと思われた。

しかしルヴァレは知らない。

『六王権』の最終勅命はその様なある意味慈悲に満ちたものではない事を。

「・・・陛下より最終勅命を下す」

「は?・・・さ、最終・・・勅命??」

間の抜けた声を発するルヴァレを無視して『影』は丸めていた書簡を広げ言葉を続ける。

「・・・ルヴァレ、貴様の此度の失態、そして東侵軍での不手際、陛下は非常に憤り、失望しておられる」

言葉もなくガタガタ震えるだけのルヴァレ。

「だが、陛下は慈悲深く貴様に最後のチャンスを与えると宣言された」

「え??・・・」

「ルヴァレ、手持ちの軍を再編しロンドンを再度侵攻せよ。それに成功しイギリス攻略を成し遂げた暁には今までの失態を全て不問に処するとの事だ」

その言葉にルヴァレの心に希望が宿る。

まだ自分は主君『六王権』に見捨てられていなかった。

このチャンスなんとしても物にしてみせると決意も露にする。

「そ、それで閣下・・・援軍は何時ごろ到着するので・・・」

「・・・」

だが、それに対する『影』の返答は冷たい侮蔑に満ちた視線だった。

「?・・・??あ、あの・・・閣下・・・」

激減した現状で再侵攻など命ずる筈が無いとたかを括っていたルヴァレは『影』の思わぬ反応に言葉を失う。

「・・・何を呆けている。先ほどの陛下の最終勅命聞いていなかったのか?陛下は手持ちの軍でと申したのだ。援軍などある訳がなかろう」

希望が絶望に取って代わった瞬間だった。

「!!そ、そ、そそそそそ・・・そんな!!た、ただでさえ、二十万の軍でも壊滅させられたのですよ!そ、それを高々十万弱の軍でどうしろと!!」

ヒステリックな喚き声は

「貴様、陛下の最終勅命に異議を申し立てると言うのか?」

凍てついた声とそれ以上に凍えるような殺気で止められた。

「ひっ!」

フード越しから投げ掛けられる視線に完全にすくみ上がる。

「拒絶するのか・・・良かろう。私は陛下よりの最終勅命を受けぬ者の処刑も一任されている。貴様が陛下の最後の恩情を無碍にするのならば生かしておく意味も必要もない」

その言葉と同時にルヴァレの影から刀を携えた剣士、異形の腕を持つ暗殺者の影が沸きあがる。

「死ね・・・ルヴァ」

その語尾に重なるように大声で喚きたてる。

「ああああ!!お、お待ち下さい!!」

震えが止まらぬ全身を鞭打って地面に這い蹲る。

「あ、ありがたく・・・ありがたく勅命お受けいたします!!で、ですので・・・な、なにとぞなにとぞ!!」

その言葉と同時に殺気は嘘の様に薄れ、沸きあがった影達は元の影に立ち返る。

「宜しい。今から三日以内に再編を終え、半月以内にイギリス攻略を完遂させよ」

「ははっ!!」

「後があると思うなよ。一日でも遅れが生じた場合・・・貴様も貴様の子供達もこの世に存在しないものと覚悟せよ」

「ははぁ!!」

その言葉を最後に『影』は再び影に潜り込みその場にはルヴァレが残される。

「・・・」

腰を抜かしたままのルヴァレだったがようやく思い出していた。

『六王権』が発令させる『最終勅命』、その意味を。

それは文字通り、最早後がない最後の機会。

これを逃せばその者は生き延びる事は不可能。

何しろ最高側近『影』自ら動き、『六王権』の勅命を反したものを裁く。

だが、かと言ってその勅命を忠実に実行したとして、勅命を達成出来るかどうかについては極めて困難としか言い様がない。

『六王権』はあえて現状では実行困難な命令を拒否不可能な勅命として出す。

今回のルヴァレに対する現状の戦力のみでのロンドン再侵攻の様に。

勅命を拒否すればそれは『六王権』に対する不敬罪で即刻処刑、受諾しても成功する確率は極めて低い。

それゆえにこの『最終勅命』、『影』や『六師』を除く配下からは遠まわしの処刑宣告だと見るものもいた。

暫し口を開閉していたルヴァレだったが、ようやく正気に戻ると同時に、

「・・・!!だ、誰か!!誰かいないか!」

「どうされましたか!父上」

直ぐに飛び込んできた息子に

「・・・コーンワルよりの別働隊は・・・何時来る?」

「二日後には」

「遅い!!明日には・・・明日には合流させろ!」

「で、ですが!!」

「我々にはもう後はないのだぞ!!」

そう叫んで最終勅命書を息子に突きつける。

「!!!そ、そんな!」

その残酷な内容に絶句する。

「とにかく!!別働隊の合流を急がせろ!!我らにはもはや勝つ事しか道はないのだぞ!!」

「は、はい!!」

死への恐怖に震えながらと言う条件ながらも、ルヴァレ軍が活気ついた事だけは確かな事だった。









一方、ロンドン・・・

副官の案内で士郎達が連れて来られたのは、かつて凛がバルトメロイと会合を果たしたバルトメロイ家所有の洋館だった。

正確には洋館前の庭であるが。

「皆様はここでお待ちを」

そう言って洋館内に姿を消す副官。

「・・・さてと・・・話と言う事だが・・・どんな話になるのか・・・」

誰にでもなく呟いた士郎だったが、以前の出来事や凛の話を総合するとどう考えても明るい話題にはならないだろう。

現に洋館からは怨念じみた殺気が肌を刺す。

と、そこにあの時と寸分の違いのないミスリル製の外套を纏ったバルトメロイ・ローレライが姿を現した。

「ようこそ『錬剣師』、シロウ・エミヤ。まずは急な誘いに応じてくれた事と、『六王権』軍撃退に並々ならぬ働きを示してくれた事に感謝の意を現したい」

「別に感謝される事をしていない。ここには親しき人がいるからな。その人達を助けに来ただけだ」

感謝の意と言いながら未だに殺気を全身から溢れさせるバルトメロイに警戒してか士郎も素っ気無い口調で返す。

「なるほど・・・まあそれはそれとして・・・貴様に是非とも聞きたい事がある」

そう言うと最早表面上の礼儀すら脱ぎ捨て、鞭を士郎に突きつける。

「エミヤは何処にいる?貴様以外のエミヤは?」

その時士郎は妙な違和感を持った。

それが何なのかはっきりしないまま機械的に質問を返す。

「俺以外の衛宮・・・だと??」

「そうだ。貴様以外にもいるだろう・・・エミヤが」

「悪いが、俺が知っている衛宮の人間は俺の養父切嗣と、その娘のイリヤだけ。後は・・・あんたの方が詳しいだろう?俺にとって義理の爺さんはここで封印指定としてここで眠っているって事」

「とぼけるな!!」

言葉を遮るようにバルトメロイの憤怒の咆哮が木霊した。

「と、とぼけるなって・・・どう言う事だ!」

「言葉のままだ!私の知る限り、貴様以外にエミヤを継いでいる者はいない!!エミヤを名乗る魔術師はいない!!ならば貴様なら知っている筈だ!!他のエミヤの居場所を!!」

「だから!俺以外に衛宮家の・・・!!」

ようやく士郎は先程から感じていた違和感の正体に気付いた。

バルトメロイは一度も衛宮家とは言っていない。

彼女は強固に『エミヤ』と繰り返している。

「ちょっと待て・・・一つ聞きたい。もしもだ、俺以外に衛宮がいたらどうする気だ?」

答えなど凛から既に聞いている。

だが、今はとにかく混乱した考えをまとめる為に、時間を稼ぐ事が必要だとあえてわかり切った質問をする。

「決まっている・・・」

それに対するバルトメロイの返答は怒りと殺意に満ち溢れていた。

「貴様を含めて全てのエミヤを根絶やしにする為だ・・・わがバルトメロイの栄光ある歴史に残る汚点を与えた・・・永久に語り継がれる、耐えがたき屈辱、侮辱、恥辱を与えた憎き・・・エミヤを」

九話へ                                                            八話へ